大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成6年(ネ)254号 判決

(一)事件=差戻前昭和六〇年ネ第一八一号控訴事件

(二)事件=差戻前昭和六〇年ネ第一八二号控訴事件

(三)事件=差戻前昭和六〇年ネ第三三九号控訴事件

(四)事件=平成六年ネ第五四三号附帯控訴事件

亡阿曽末治(一次一番)訴訟承継人

(一)事件被控訴人・(四)事件附帯控訴人

阿曽正文

外一三五名

(一)、(二)事件控訴人・(三)事件被控訴人、(四)事件附帯被控訴人

日鉄鉱業株式会社

右代表者代表取締役

吉田純

1第一審被告日鉄鉱業株式会社を除くその余の当事者全員の訴訟代理人

横山茂樹

石井精二

諫山博

稲村晴夫

岩城邦治

浦田秀徳

江上武幸

小野正章

河西龍太郎

椛島敏雅

熊谷悟郎

古原進

小林清隆

小林正博

小宮学

塩塚節夫

高尾實

龍田紘一朗

中村尚達

原章夫

原田直子

東島浩幸

福崎博孝

本多俊之

松岡肇

馬奈木昭雄

宮原貞喜

村井正昭

森永正

山田富康

山元昭則

山本一行

小野寺利孝

山下登司夫

山本高行

安江祐

鈴木剛

井上聡

2右1の当事者の訴訟代理人椛島敏雅にかかる訴訟復代理人

小宮和彦

野林信行

深堀寿美

松浦恭子

矢野正剛

小関眞

太田賢二

横山聡

伊黒忠昭

久保井摂

田中貴文

三津橋彬

木村清志

林伸豪

杉山茂雅

広田次男

谷萩陽一

土田庄一

澤藤統一郎

3第一審被告日鉄鉱業株式会社の訴訟代理人

山口定男

関孝友

三浦啓作

松崎隆

主文

一  本判決別紙3(認容金額一覧表(1))記載の平成六年ネ第五四三号附帯控訴人らの附帯控訴及び当審における請求の拡張並びに同別紙記載の差戻前昭和六〇年ネ第三三九号控訴人らの控訴及び当審における請求の拡張に基づき、原判決中差戻前控訴審判決認容部分を超える部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告日鉄鉱業株式会社は本判決別紙3(認容金額一覧表(1))の「氏名」欄記載の第一審原告らに対し、同別紙の「認容金額」欄記載の金員及びこれに対する同別紙の「遅延損害金起算日」欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  右第一審原告らのその余の請求を棄却する。

二  本判決別紙4(認容金額一覧表(2))記載の平成六年ネ第五四三号附帯控訴人らの附帯控訴及び当審における請求の拡張並びに同別紙記載の差戻前昭和六〇年ネ第三三九号控訴人らの控訴及び当審における請求の拡張に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告日鉄鉱業株式会社は本判決別紙4(認容金額一覧表(2))の「氏名」欄記載の第一審原告らに対し、同別紙の「認容金額」欄記載の金員及びこれに対する同別紙の「遅延損害金起算日」欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  右第一審原告らのその余の請求を棄却する。

三  第一審原告らの当審において拡張されたその余の請求を棄却する。

四  第一審被告の控訴を棄却する。

五  訴訟の総費用はこれを四分し、その一を第一審原告らの、その余を第一審被告の各負担とする。

六  この判決は第一審原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

凡例

以下、次のとおり略称する。

第一次事件=本件昭和五四年ワ第一七二号事件

第二次事件=本件昭和五五年ワ第一一七号事件

第三次事件=本件昭和五六年ワ第八二号事件

第四次事件=本件昭和五七年ワ第五号事件

第一審原告ら=差戻前一八一号、一八二号各事件被控訴人(当審における訴訟承継人を含み、当審における死亡者を除く。)

遺族原告=第一審原告らのうち、その被相続人がもと第一審被告に雇用され、じん肺に罹患したと主張する者

死亡従業員=遺族原告の被相続人

第一審原告ら元従業員=第一審被告に元雇用されていた者で生存中の各第一審原告及び右死亡従業員の全員

本件各坑=①鹿町鉱西坑、②同鉱東坑、③同鉱本ケ浦坑、④同鉱南坑、⑤同鉱小佐々坑、⑥矢岳鉱矢岳坑、⑦神田鉱神田坑、⑧御橋鉱一、二坑、⑨柚木事務所柚木坑、⑩伊王島鉱業所伊王島坑の合計一〇坑

他粉じん職歴=本件各坑以外における職歴

けい特法=けい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法(昭和三〇年七月二九日法律第九一号)

けい臨措法=けい肺及び外傷性せき髄障害の療養等に関する臨時措置法(昭和三三年五月七日法律第一四三号)

旧じん肺法=じん肺法(昭和三五年三月三一日法律第三〇号)

改正じん肺法=労働安全衛生法及びじん肺法の一部を改正する法律(昭和五二年七月一日法律第七六号)によって改正されたじん肺法

鉱警則=鉱業警察規則(昭和四年一二月一六日商工雀令第二一号)

炭則=石炭鉱山保安規則(昭和二四年八月一二日通商産業省令第三四号)

労災法開=働者災害補償保険法(昭和二二年四月七日法律第五〇号)

厚生年金法=厚生年金保険法(昭和二九年五月一九日法律第一一五号)

原判Ⅰ三表八行目=原判決Ⅰ―3(各枚目の末尾欄外に記入の符号)枚目表八行目

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本判決別紙5(請求金額一覧表(1))記載の差戻前昭和六〇年ネ第一八一号、一八二号各事件被控訴人・平成六年ネ第五四三号事件附帯控訴人らの求めた裁判

1  原判決(ただし、最高裁判所平成元年オ第一六六六号、同第一六六七号各事件の判決言渡により確定した部分を除く。)を次のとおり変更する。

2  第一審被告日鉄鉱業株式会社は本判決別紙5(請求金額一覧表(1))記載の第一審原告らに対し、同別紙「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する同別紙末尾の「遅延損害金起算日」欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員支払え(従前の請求金額のうち弁護士費用について請求を拡張)。

3  附帯控訴費用及び当審において拡張された請求に関する訴訟費用は、第一審被告日鉄鉱業株式会社の負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言の申立

二  本判決別紙6(請求金額一覧表(2))記載の差戻前昭和六〇年ネ第三三九号事件控訴人らの求めた裁判

1  原判決(ただし、最高裁判所平成元年オ第一六六六号、同第一六六七号各事件の判決言渡により確定した部分を除く。)を次のとおり変更する。

2  第一審被告日鉄鉱業株式会社は本判決別紙6(請求金額一覧表(2))記載の第一審原告らに対し、同別紙「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する同別紙末尾の「遅延損害金起算日」欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え(従前の請求金額のうち弁護士費用について請求を拡張)。

3  訴訟費用は第一、二審とも第一審被告日鉄鉱業株式会社の負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言の申立

三  差戻前昭和六〇年ネ第一八一号、一八二号各事件控訴人日鉄鉱業株式会社の求めた裁判

1(一)  原判決(ただし、最高裁判所平成元年オ第一六六六号、同第一六六七号各事件の判決言渡により確定した部分を除く。)中、第一審被告日鉄鉱業株式会社の敗訴部分を取り消す。

(二)  右部分についての第一審原告らの請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

2  民事訴訟法一九八条二項の申立

(一) 別紙7(民訴法一九八条二項の申立一覧表)記載の第一審原告らは、第一審被告日鉄鉱業株式会社に対し、同別紙「仮執行金額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六〇年三月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 右申立に関する訴訟費用は、右別紙7(民訴法一九八条二項の申立一覧表)記載の第一審原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

第一審原告らの請求原因は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示(原判決Ⅰ一表三行目から同Ⅰ四九裏八行目まで。但し、原判決別紙9の第二綴記載の第一審原告ら元従業員に関する部分を除く。)のとおりであるから、これを引用する。

1  当審(差戻前を含む。)における死亡従業員の相続関係について、原判決Ⅰ一裏一〇行目の次に改行して次のとおり加える。

「また、当審(差戻前を含む。)において死亡した死亡従業員の遺族及び同元遺族原告の遺族である第一審原告らは、それぞれ右死亡従業員及び元遺族原告と本判決別紙8(当審(差戻前を含む)係属中の死亡にかかる元従業員らの相続関係一覧表)記載の身分関係にある者であり、右死亡従業員及び元遺族原告は、それぞれ同別紙記載の日に死亡した。」

2  原判決Ⅰ三表八行目から九行目にかけての「先端に装着されていた。長さ約1.0〜1.5メートル」を「先端に装着されていた長さ約1.0〜1.5メートル」と改め、同Ⅰ二一裏一二行目の「四、」を「五、」と改める。

3  原判決Ⅰ三七表末行末尾に次のとおり加える。

「第一審被告は石炭鉱山のみならず金属鉱山その他の非金属鉱山の経営を行ってきた日本有数の鉱山会社であるが、第一審被告が経営していた金属非金属鉱山においては昭和二九年三月末時点で九〇パーセント以上、同三〇年三月末時点では一〇〇パーセントの削岩作業は湿式削岩機によってなされていたし、昭和三四年三月末までには『衝撃式削岩機を使用する切羽』にはすべて配水管施設が設置され、給水されていたにもかかわらず、石炭鉱山では、昭和三四年三月末の削岩機の湿式化率は8.4パーセント、散水箇所は6.9パーセントにすぎず、誠に恐るべきじん肺防止対策の懈怠をしていたのである。」

4  原判決Ⅰ三七裏三行目末尾に次のとおり加える。

「(昭和三四年三月末当時、第一審被告の坑内作業員の49.2パーセントにしか防塵マスクは支給されていなかった。)」

5  原判決Ⅰ三九裏末行の次に改行して次のとおり加える。

「④ 遊離けい酸並けい肺患者数一覧表(甲一九八号証の二)は第一審被告発行の資料であるが、右資料によれば遊離珪酸含有率が『石炭鉱山』で最大値平均43.36パーセントであり、『金属その他』の鉱山で最大値平均41.03パーセントとなっていて石炭鉱山のほうが含有率が高く、けい肺患者も前者が三一八名であるのに後者が一〇〇名であって前者に多いことが明らかである。右資料には『マル秘』の印が押捺されているが、これは、第一審被告が石炭鉱山において岩石中の遊離珪酸分の含有量が金属その他の鉱山より高く、じん肺患者発生数もはるかに高いことを知りながら、じん肺対策をとらなかったことを隠そうとしたことを示すものに他ならない。」

6  原判決Ⅰ四〇裏三行目末尾に次のとおり加える。

「たとえば、伊王島じん肺訴訟の大浦民次郎は昭和三一年四月当時『けい肺第三症度』の認定を受け、坑外の非粉塵職場に『要配転』とされていたが、第一審被告はそのまま採炭員として昭和四五年四月まで働かせたのである。」

7  原判決Ⅰ四四表九行目の次に改行して次のとおり加える。

「4 不当抗争による被害の拡大

(一) 不当抗争による精神的苦痛の拡大

(1) 裁判の長期化と精神的苦痛の拡大

本件裁判は提訴以来一六年を経過している。本件裁判は、現在係属中の二二件の全国のじん肺裁判の中でも最も長く争われている事件であるのみならず、過去に解決したじん肺裁判の中でも解決までにこのように長期間かかった事件はない。

重症のじん肺患者及びその遺族である第一審原告らにとって、第一審被告の不当抗争により、他のじん肺事件が次々と解決している中で、際限なく解決を引き延ばされていることは、耐えがたい苦痛である。

(2) 人間の尊厳を否定され続けてきた苦しみ

第一審被告は訴訟提起後も数々の不当抗争を続け、訴訟の引き延ばしを図るばかりか、最高裁判決が確定した後も『最高裁で責任が認められても会社は責任あるとは考えない。』、『納得できないものを納得できるとは言えません。』、『金を払えという判決が確定すれば金は払います。』といった暴言を吐きつづけている。

第一審原告らは、第一審被告の不当抗争により、当然救済されるべき被害を長期間放置されてきたばかりでなく、その間絶えず第一審被告の数々の暴言や不当抗争により、人間としての尊厳を傷つけられてきた。このことによる第一審原告らの怒り、悲しみ、失望、もどかしさは、特別加算事由として評価されるべきである。

(二) 不当抗争による症状の増悪

(1) じん肺は進行性、不可逆性という特質を有する疾病である。それ故に、第一審原告ら元従業員はいずれも訴訟提起後の一六年間にその症状を悪化させてきた。提訴時においては、死亡患者が一五名、生存患者が四八名であったが、一審判決時である昭和六〇年三月二五日までには新たに一一名の患者が死亡し、死亡患者が二六名、生存患者が三七名となった。さらに今日までに新たに一九名の患者が死亡し、死亡患者が四五名、生存患者が一八名となっている。残された生存患者一八名の症状も徐々に悪化の道を辿っており、寝たきりの生活を送っている患者は一一名に及んでいる。

以上のとおり、第一審原告ら元従業員は第一審被告の不当抗争により、一審の終結時から現在までの間に、全員が確実にその症状を悪化させてきた。

(2) じん肺罹患による損害はすべて同質であるから損害の認定金額を区別するのは不当であるが、仮にじん肺患者の損害を区分して認定するのであれば、その認定は、単純に管理区分の認定によるべきではなく、口頭弁論終結時の各人の具体的な症状によるべきである。

第一審原告ら元従業員はいずれも、第一審の口頭弁論終結時から現在までの間に、管理区分の認定には変化がなくても、明らかにその症状を増悪させている。第一審の口頭弁論終結時から差戻審の口頭弁論終結時までの間の第一審原告ら元従業員の症状の増悪は、一審判決の認容額を増やす要素として加算すべきである。

(三) 訴訟進行のための労苦及び多額の費用の出費

(1) 第一審原告らは提訴後一六年にわたり、訴訟進行のため多大な労苦と出費を余儀なくされている。第一審原告らは二か月に一回原告団総会を佐々町で開いているし、差戻前後の福岡高裁の法廷もそのほとんどを傍聴している。また、長崎県内外で開かれる各種の集会、支援の集まりに機会あるごとに参加し、本件裁判の支援を訴えているし、第一審被告本社に早期解決のための要請行動を行い、東京での支援を訴えるための上京活動も続けてきた。これらの活動を支えるために原告団が費やした費用は一審判決以後約四五〇〇万円に及ぶ。第一審原告らが自己負担している交通費や県内での活動費を含めれば、総額六〇〇〇万円を越えている。

(2) 第一審原告らの弁護団は、毎回の出廷は当然のこととして、原告団総会にも必ず数名の弁護士が参加し、原告団の右各集会、活動には必ず一名以上の弁護士が付き添っている。さらに弁護団は毎月一、二回弁護団会議を開き、年四、五回開かれる全国じん肺弁護団連絡会議にも出席している。

一審判決以後の弁護団の活動費は総額七一四〇万円以上に及んでいるが、右金額には飲食代金や少額の経費、報酬、日当等は一切含まれていない。弁護団は予想に反する二審判決及び第一審被告の不当抗争のために蓄えた資金を使い尽くし、現在、弁護団を構成する弁護士が個人として合計一八〇〇万円を銀行から借り入れ、その資金としている。

(3) 本件長崎北松じん肺裁判はわが国最初の炭鉱夫じん肺裁判として提訴された。その先駆性ゆえに、第一審原告ら及び弁護団は、他のじん肺裁判以上に様々な苦労や出費を余儀なくされた。じん肺患者同盟の中心メンバーが提訴を決意したときも、当初は訴訟を引き受ける弁護士はいなかったし、本弁護団が受任を決意するまで一年以上が経過している。しかし、弁護団もほとんどじん肺という病気を知らず、炭鉱に関する基礎知識も持たなかった。そのため炭鉱の構造を知ることから勉強を始め、また国会図書館で『炭鉱』『じん肺』に関する総ての資料を検索しなければならなかった。これらの資料は、本訴提起後に全国各地で提起された北海道石炭じん肺訴訟、常磐じん肺訴訟、筑豊じん肺訴訟、伊王島じん肺訴訟等炭鉱夫じん肺裁判の基礎資料として現在も利用されている。また、右各炭鉱夫じん肺裁判自体、本訴の原告団や弁護団が本訴の提起の意義を全国各地に訴え続けた結果、本訴第一審判決勝訴を直接的な契機として提訴されたものである。

本件裁判を遂行していくために費やした多くの労苦や経費は以上のような裁判の先駆性と第一審被告の不当抗争により余儀なくされたものであり、特別加算事由とされなければならない。」

8  原判決Ⅰ四九表三行目の次に改行して次のとおり加える。

「本訴における第一審原告ら元従業員は全てじん肺法上療養を要すると認められた重篤な患者であり、このことは管理区分二、三の患者についても同様であって、いずれも合併症を認定され、長年療養してきたのである。病の苦しみ、死への恐怖、介護する家族の苦労などじん肺の苦しみに差はない。このように、管理区分二、三の患者の被害は管理区分四の患者の被害と基本的には変わらないのであるから、その被害回復にふさわしい賠償額に差を設けるべきではなく、特に、管理区分二、三でじん肺死した患者の賠償額と管理区分四でじん肺死した患者の賠償額との間に差を設けるべきではない。」

9  原判決Ⅰ四九表七行目の次に改行して次のとおり加える。

「4 請求金額の正当性

前記じん肺被害の特質に加え、次の事情を考慮すると、一審判決の認容額は低きに失するものである。

(一) 交通事故の損害賠償基準について、日弁連交通事故相談センター『交通事故損害算定基準』は、一家の支柱の死亡の場合の慰謝料を二一〇〇万円ないし二七〇〇万円、後遺症(労働能力喪失率一〇〇パーセント)の慰謝料を一級は二三〇〇万円ないし二七〇〇万円、二級は一九〇〇万円ないし二二〇〇万円、三級は一六〇〇万円ないし一九〇〇万円とし、東京三弁護士会交通事故処理委員会『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』は、これらをそれぞれ二六〇〇万円、二六〇〇万円、二二〇〇万円、一八五〇万円としている。第一審原告ら元従業員は、いずれも一家の支柱として炭鉱労働に従事してじん肺に罹患し、いずれも要療養とされ、胸部臓器に著しい障害を残し、傷病等級三級以上とされている者らであるから、交通事故の損害賠償基準によるならば、生存者につき一六〇〇万円ないし二七〇〇万円程度、死亡者につき二一〇〇万円ないし二七〇〇万円程度の慰謝料が認められるべきである。加えて、第一審原告ら元従業員は生涯にわたり入通院を余儀なくされ、労災給付を受けるまで扶養家族を抱えて貧困生活を強いられてきたのであり、趣味、生き甲斐を喪失し、将来への不安も深刻であるうえ、じん肺被害においては交通事故のような被害者と加害者との交替性(互換性)もないのであるから、右基準金額を上回って損害額が認定されるべきである。

(二) 企業内補償についてみると、非鉄金属労連傘下の大手企業の労使が構成する労災職業病専門委員会は、平成元年九月一四日、次のとおりじん肺に罹患した労働者に対する特別給付金を退職金とは別に支払うべきことを答申した。これは、じん肺被害者に対する無過失責任を前提とした補償の社会的水準を示すものである。

(1) 管理区分四、管理区分三・二の合併症の罹患者がそれによって死亡した場合 二五〇〇万円

(2) 管理区分四の者 二一二五万円

(3) 管理区分三ロで合併症を有する者 一七五〇万円

(4) 管理区分三イ及び二で合併症を有する者 一一五〇万円

その後、右専門委員会は、平成三年一〇月九日、次のとおり弔慰金、餞別金を退職金とは別に支払うべきことを答申している。

(1) 死亡弔慰金が、

① 平成三年六月一六日から平成四年六月一五日までのものについて

二六〇〇万円

② 平成四年六月一六日から平成五年六月一五日までのものについて

二七〇〇万円

(2) 管理区分四の者の餞別金が

① 平成三年六月一六日から平成四年六月一五日までの取扱として

二二一〇万円

② 平成四年六月一六日から平成五年六月一五日までの取扱として

二二九五万円

(3) 管理区分三ロで合併症を有する者の餞別金が

① 平成三年六月一六日から平成四年六月一五日までの取扱として

一八二〇万円

② 平成四年六月一六日から平成五年六月一五日までの取扱として

一八九〇万円

(4) 管理区分三イ及び二で合併症を有する者の餞別金が

① 平成三年六月一六日から平成四年六月一五日までの取扱として

一一九六万円

② 平成四年六月一六日から平成五年六月一五日までの取扱として

一二四二万円

更に右専門委員会は、平成五年九月三〇日、右の各金額を次のとおり増額改定している。

(1) 死亡弔慰金 二九〇〇万円

(2) 管理区分四の者の餞別金

二四六五万円

(3) 管理区分三ロで合併症を有する者について 二〇三〇万円

(4) 管理区分三イ及び二で合併症を有する者について 一三三五万円

また、第一審被告自身、労働組合との間でじん肺に罹患した従業員に対する企業内補償(じん肺協定)を協定している。

昭和五八年七月五日に第一審被告と日鉄鉱業石山労働組合連合会との間で取り交わされた協定書によれば、次のとおり退職金に上乗せして支払うこととされている。

(1) 従業員がじん肺で死亡した場合

一九〇〇万円

(2) 療養中の管理区分四の者が退職する場合 一六一五万円

(3) 管理区分三で合併症の療養中の者が退職する場合

一三三〇万円又は八七四万円

(4) 管理区分二で合併症の療養中の者が退職する場合 七八二万円

更に昭和六二年六月に第一審被告と日鉄鉱業鳥形・津久見労働組合連合会との間で取り交わされた協定書によれば、次のとおり退職金に上乗せして支払うこととされている。

(1) 管理区分四又は合併症により死亡した場合 二三〇〇万円

(2) 療養中の管理区分四の者が退職する場合 一九五五万円

(3) 管理区分三又は二で合併症の療養中の者が退職する場合

一六一〇万円又は九四六万円

企業の有責性を前提としない企業内補償においてさえ、これだけの金額を支払うのは当然のこととされているのである。

(三) 他の訴訟における損害賠償認容水準をみると、日鉄松尾じん肺訴訟では東京高裁は慰謝料だけで一四〇〇ないし一六〇〇万円、逸失利益を加えた総額として一九〇〇ないし二七〇〇万円余の損害額を認定し、高見じん肺訴訟では大阪地裁は四〇三三万円の損害額を認め、佐藤じん肺訴訟では千葉地裁は四三六〇万円の損害額を認めている。訴訟上の和解としては、常磐じん肺訴訟では仙台高裁は職権で二〇〇〇万円ないし一一〇〇万円の和解案を示し、この和解を成立させているし、西森じん肺訴訟では大阪地裁で成立した和解金額は三二〇〇万円である。これらはいずれも積上方式による請求事案であるが、包括請求ないし慰謝料のみの請求の場合と伝統的積上方式による請求の場合とで賠償金額に大差がでるような結果を認めることは正義に反する。そうすると、他の訴訟事件の解決水準により窺われるレベルからしても、一律三〇〇〇万円という第一審原告らの請求は当然満額認容されるべきである。

(四) 第一審被告の総資産の簿価は平成六年三月末時点で九六三億円以上にのぼるが、そのうち有価証券の一部をみただけでも含み益の合計額は九三九億円以上にのぼる。右に算入されない新日本製鉄の株式の含み益は一四五億円余にのぼり、さらに右のほかに貸借対照表上一〇〇億円を超える流動資産に属する有価証券を有している。また、第一審被告は訴訟を引き延ばしてきたこの一五年間に一二九億円ないし一四九億円の有価証券利息ないし株式配当金を得ている。第一審原告らの請求総額一四億八三五〇万円は右の第一審被告の有する資産に比較すれば非常に低い金額にすぎない。」

10  原判決Ⅰ四九表九行目から一〇行目にかけての「死亡により別紙5記載」を「死亡(当審(差戻前を含む。)において死亡した死亡従業員を含む。)により、又は元遺族原告の死亡により、本判決別紙5及び6(請求金額一覧表(1)、(2))記載」と改める。

11  原判決Ⅰ四九裏一行目の「別紙5原告別請求金額一覧表」を当審(差戻前を含む。)における訴訟承継に伴い、「本判決別紙5及び6(請求金額一覧表(1)、(2))」と改める。

12  原判決Ⅰ四九裏五、六行目の「別紙5原告別請求金額一覧表「請求金額」欄記載の金員」を「本判決別紙5及び6(請求金額一覧表(1)、(2))の「請求金額」欄記載の金員(第一審原告ら元従業員一人当たり慰謝料三〇〇〇万円及び弁護士費用六〇〇万円から差戻前控訴審判決認容金額を控除した金額。遺族原告についてはその相続分に応じた金額。)」と改める。

二  請求原因に対する認否及び第一審被告の反論

第一審被告の右認否及び反論は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示(原判決Ⅱ一表二行目から同Ⅱ一二三裏一一行目まで。)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決Ⅱ一表五行目で引用する「別紙9の各被告の主張」のうち、死亡従業員畑原松治の職歴欄に関する原判決ナ二二表一行目から一〇行目までを次のとおり改める。

「同第一審原告は、第一審被告会社の鹿町鉱において、次のとおり就労した。

(1) 昭和一四年五月二〇日から昭和一七年五月三一日まで掘進作業。

(2) 昭和一七年六月一日から昭和二一年六月三〇日まで坑外作業。

(3) 昭和二一年七月一日から同年八月六日まで掘進作業。」

2  原判決Ⅱ一表五行目で引用する「別紙9の各被告の主張」のうち、死亡従業員大宮金重の職歴に関する第一審被告の主張の原判決ニ二四裏一〇行目の「原告の主張一2、3は認める。」を、「原告の主張一3、4は認める。」と改める。

3  原判決Ⅱ三裏一一行目の次に改行して次のとおり加える。

「1 石炭鉱山においても金属鉱山と同じようにけい肺予防対策を取るべきであったとする第一審原告らの主張は、金属鉱山と右炭鉱山との相違を無視するものであり、誤りである。石炭鉱山の歴史は金属鉱山に比べて新しく、また、稼行方法も異なっている。金属鉱山ではさっ孔、発破、積み込みが採掘作業の中心であり、削岩機は採掘作業に欠くことができないものであるのに対し、石炭鉱山では削岩機は「あれば便利」という程度の機械であり、その重要性は全く異なる。

2  第一審原告らは、第一審被告全体での削岩機の湿式化率が8.4パーセントにすぎないと批判するが、第一審被告は乾式の削岩機を湿式に改造して使用していたものである。

3  第一審原告らの主張する防じんマスクの支給率は昭和三三年の数値であるが、防じんマスクの耐用期間は一年半とされていたから、同年中にマスクを支給された作業員は四七〇〇人である。これは坑内員中非粉塵職場の就業者を除くと、炭塵も有害であるとの認識が広がりはじめた当時の支給率としては決して低いものではない。

4  第一審原告らは、『遊離けい酸並けい肺患者数一覧表』(甲一九八号証の二)の数値を云々するが、右主張は鉱山の種別や資料採取箇所、鉱山の構造を無視するものである。炭鉱において岩石を取り扱う作業は全体作業の数パーセントにすぎず、このような状態の中で、遊離けい酸分の最も高い岩石はどこにあるかの調査を目的とした分析結果が右書証に示されているのである。第一審被告の各炭鉱は、古くは明治年代に開発、採掘を始め、昭和三一年以降は全鉱山の閉山が進められており、右書証作成時の昭和三三年当時は、骨格構造の展開(主として岩石掘進)はほぼ終了してしまっている時期である。右資料のような高い遊離けい酸粉じんが日常作業の中で発生していたことにはならない。

5  第一審被告は確定した最高裁判決に従うということを明言しており、これに服しないなどと公言したことはない。ただ、第一審被告としてはその時代に応じて最善の対策を尽くしてきたので責任はないと信じている。第一審原告らは第一審被告に対し、責任を認め、謝罪することを求めてやまないのであるが、これは憲法一九条に違反する。第一審被告が謝罪する考えがないと表明したとしても、これを違法、不当視することは許されない。第一審被告が判決を不服として控訴、上告することは権利として当然のことである。また、第一審被告が和解による解決ではなく判決を求めたとしても、これを非難されるいわれはない。

6  第一審原告らは高額の判決、和解例七件を挙げるが、そのうち六件は建設業における隧道工事を中心とするいわゆる炭鉱夫じん肺以外のものであり、その他の一件も患者本人の粉塵職歴二七年九月のうち炭鉱での稼働歴は約三割にすぎず、炭鉱夫じん肺とは性質を異にする。炭鉱夫じん肺訴訟において損害額が示された判決は本件の一、二審、伊王島じん肺一審、常磐じん肺一審の四件のみであり、そのいずれも第一審原告らの例示する事件よりはるかに低額な賠償額を判示している。

7  第一審原告らは、交通事故の損害賠償基準を援用するが、第一審原告ら元従業員は、いずれもじん肺法による要療養の認定を受け、労災法による保険給付の支給対象となる者である。じん肺法、労災法により手厚く保護されてきた者らを当事者とする本件と交通事故とは全く性質を異にする事案であり、同一視することはできない。

8  第一審原告らの指摘する企業内協定は、企業に在職している従業員を対象とした協定であり、退職後の者を対象としたものではないから、本件訴訟とは無関係である。

9  第一審原告らが、多大の労苦と出費を余儀なくされたとして列挙する活動項目は、他のじん肺裁判の支援傍聴、東京での支援を訴える活動、弁護士の原告団の県内外の集会参加、全国じん肺弁護団連絡会議への出席等、およそ本件訴訟進行に必要のないものばかりである。また第一審原告らは、訴訟追行のために弁護団が費やした労苦を縷々述べているが、これは当時の資料がほとんど現存しないなかで、何十年も前の炭鉱の実態の立証を強いられた第一審被告にとっても全く同様である。」

4 原判決Ⅱ五三表二行目の「取明け、」を「取り分け、」と改め、同Ⅱ五九裏一二行目の「実用に適するものがなかった」の次に「(石炭鉱山で使用される軽量の手持式湿式さく岩機は、戦後炭則の制定後、官界、業界及びメーカーが三者一体となって開発、改良が行われ、その結果として昭和三〇年頃に至って初めて実用に耐え得るようになったものである。)」を加える。

5 原判決Ⅱ六〇裏末行の次に改行して、次のとおり加える。

「なお、防じんマスクが真に実用の域に達したのは静電濾層マスクが完成した昭和三五年頃以後のことである。防じんマスクに関するJISが初めて制定公布されたのは、昭和二五年一二月二六日であり、それ以前には明確な公的に承認された防じんマスクの性能に関する基準は存在しなかった。防じんマスクの技術水準は、昭和二九年頃においてすら、濾じん効率を犠牲にしても吸気抵抗の低いものを選ばなければならない状況であり、いわんや昭和二〇年以前のそれはタオル以上の機能を果たすものではなかった。」

6 原判決Ⅱ八六表九行目の次に改行して、次のとおり加える。

「すなわち、石炭鉱業は地下を掘削し、坑内作業を不可欠とするところから、一般産業と異なる危険防止の必要があり、そのため、古くから国の監督に服することと定められ、鉱業法制上、特に鉱山保安の行政監督が厳重に施行され、しかして、各時代に施行された保安法制及びこれに基づく鉱業監督の実施基準は、当該の各時期において鉱業実務上最善として公に知られた鉱山技術、衛生工学技術の水準に照らし、適正妥当と公に認められた基準が採用されていたのであるから、この国の基準を尽くすことが即ち、鉱山衛生に関する雇用契約に伴う信義則上の要請を満たしたものと客観的に認められるからである。

石炭鉱業は、現代産業において不可欠の基幹産業で国の石炭政策の下に遂行されてきたものであって、安全又は衛生上の危険の故をもってその事業を停廃することができないものであるから、前記基準を超えたものは安全配慮義務の範囲を超えるものといわなければならない。

石炭鉱山の坑内作業における粉じんは、作業によってその程度は異なるが不可避的に発生するものであって、しかも地上と異なり、地下坑道という有限空間の中で発生するものであるから、そのような環境の特殊性から必然的な制約があり、粉じんを全く発生させない、あるいは作業者が粉じんを全く吸入しないような措置は物理的にも困難で、技術的にも限界があるのは当然である。にもかかわらず、石炭は水力とともにわが国の貴重な国産エネルギーとして不可欠のもので、石炭鉱業は、戦時中は戦争遂行のため、戦後は経済復興のため基幹産業として国の石炭政策の規律の下に強力に維持されてきたのである。

『許された危険』とは、危険ではあるが、しかし社会的に有益ないし必要な行為は、他の法益を侵害する虞れを伴うものであっても、一定範囲内では合法と認められる、というものであり、石炭鉱業もその一つであることはいうまでもない。この刑法の分野で認められる『許された危険』の法理は、民事法の分野でも認められるべきものであって、この見地からしても、鉱山保安法、石炭鉱山保安規則等の公法上の安全基準、衛生基準を遵守することによって、安全配慮義務は果たされたものといわざるをえないのである。

これを要するに、本件の判断に当たっては、いわゆる『許された危険』の法理に立脚するとともに、労働基準法、労災法、国家公務員災害補償法等の災害補償との関連で安全配慮義務の内容を限定的に解釈すべきである。」

7 原判決Ⅱ一〇九裏三行目末尾に次のとおり加える。

「配置転換を実施するにあたっては、労働省の通牒により本人の同意が必要であると定められており、使用者たる第一被告が労働者本人の同意なしに強制的に配置転換することは不可能であった。第一審被告は配置転換対象者に対して医師、担当者から配置転換の必要性について説明を行い、配置転換に応ずるよう説得し、その同意が得られた者については適法な手続に則って配置転換を実施していた。」

8 原判決Ⅱ一一九裏二行目の次に改行して次のとおり加える。

「確かにじん肺患者の中にはその症状が重篤化する者もいる。しかし、他方ではじん肺に罹患したものの症状は一定のレベルに固定したまま進行せず、天寿を全うする者も多い。進行性という特徴がすべてのじん肺患者に見られるものではない。」

三  抗弁

第一審被告の抗弁については、次のとおり改め、当審における新たな主張を追加するほかは、原判決事実摘示(原判決Ⅲ一表二行目から同Ⅲ四三表三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、右摘示中、次に述べるところと矛盾そごする部分は、次に述べるところによって訂正されたものである。

1  原判決Ⅲ五表一〇行目の次に改行して、次のとおり加える。

「(7) 第一審原告らは、炭鉱夫じん肺は既に昭和五年に公的に確認されているとして、商工省鉱山局発行の『本邦鉱業の趨勢』を挙げ、『昭和五年本邦鉱業の趨勢』(甲第一五九号証の二)には石炭山のけい肺と炭肺患者数が記載されていることを指摘する。しかしながら、右書証の内容並びにその基礎となった数値の出所等からみれば、第一審原告らの提出した『本邦鉱業の趨勢』に関する書証(甲第一五九号証の一ないし三及び甲第一六八号証ないし第一七四号証)に挙げられた石炭山の症病者の数が『業務外』すなわち業務とは無関係な疾病等の患者数であることが明らかである。

したがって、『本邦鉱業の趨勢』の石炭山の統計にけい肺、炭肺の項目があり、そこに患者数の記載があることをもって、そのころ石炭山においてけい肺、炭肺が発生することを認識していた、あるいは認識し得たとすることはできない。」

2  原判決Ⅲ一四裏末行の次に改行して、次のとおり加える。

「7 このような医学的知見の積み重ねがあって、一般的な医学的合意が得られ、昭和三五年の『旧じん肺法』によって初めて石炭粉じんを含む『鉱物性粉じん』によるじん肺の認識が確立された。昭和一四年五月から同二〇年八月までの間における一部の者の医学的見解として、炭じんが有害であるとの抽象的な見解があったとしても、以上の諸事実に照らすときは、これによる症状は労働能力に影響がないとみられる程度の軽症なものであるとの認識にすぎず、労働能力を減退ないし喪失させるような症状が相当に高い割合で発症することの予見可能性がなかったことは明らかである。したがって、第一審被告において当時一般的衛生対策のほかに、特別の配慮措置をしなかったことをもって、安全配慮義務の不履行があったとするのは相当でない。」

3  原判決Ⅲ一七表一〇行目の次に改行して、次のとおり加える。

「なお、右鉱警則は、昭和四年にさらに改正され、六三条及び六六条により、著しく粉じんを飛散する作業場所における注水その他粉じん防止施設の設置、防じん具(マスク)の使用を義務づけているけれども、右鉱警則の各規定は、その改正の経緯からみても、運用の実体からみても、戦後の法制への承継のされ方からみても、炭鉱以外の鉱山すなわち金属鉱山の遵守すべき義務を定めたものであり、石炭鉱山には適用がないものとして解釈運用されてきたものである。

仮に鉱警則六三条及び六六条の規定が石炭鉱山に適用されるとしても、鉱警則施行当時においては、湿式さく岩機として実用に供し得るものは存在せず、また、防じんマスクも実用に耐え得るものは存在しなかったものであり、右鉱警則の各規定をもって、第一審被告の安全配慮義務の根拠とすることはできない。」

4  消滅時効の抗弁(原判決Ⅲ三五裏一行目から同Ⅲ三七表一〇行目まで)について、消滅時効の起算点に関する従前の各主張の順位のみにつき当審において次のとおり改め、さらに、消滅時効の期間及び時効による損害賠償請求権の一部消滅について新たな主張を追加する。

(一) 消滅時効の起算点についての主張順位

(1) 第一審被告は、まず第一に、第一審原告ら元従業員が第一審被告会社を退職した日から消滅時効が進行するものと主張する。

(2) 仮にそうでないとしても、第一審原告ら元従業員につき初めてけい肺、じん肺の有所見の診断ないし管理区分(症度)の決定がなされたときから消滅時効が進行するものと主張する。

(3) 仮にそうでないとしても、第一審原告ら元従業員につき要療養(管理区分二・三の合併症ないし管理区分四)の行政上の認定がなされたときから消滅時効が進行するものと主張する。

(4) 仮にそうでないとしても、第一審原告ら元従業員のうち死亡した者については、死亡の日から消滅時効が進行するものと主張する。

(二) 消滅時効の期間(当審での新たな主張の追加)

第一審被告は、本件における消滅時効の期間につき、主位的には商事時効である五年(商法五二二条)を主張するものであり、仮にこれが認められないとしても一〇年(民法一六七条一項)の時効期間を主張するものである。

すなわち、第一審被告は「鉱業ヲ営ム者」であるから商法上の商人であり(商法四条二項)、したがって、第一審被告がその営業のためになす行為は商行為である(商法五〇三条一項)。また、第一審被告は商法五二条二項に定める会社に当たるので、第一審被告がその営業のためになす行為は商行為であるともいえる(商法五二三条による同法五〇三条一項の準用)。いずれにせよ、第一審被告がその営業のためになす行為が商行為であることに異論のないところ、商人である第一審被告の行為はその営業のためになすものであるとの法律上の推定を受けるのであるから(商法五〇三条二項)、第一審被告の行為は、特段の反証がないかぎり、商行為であり、商法の適用を受けることになる。右の法理は、第一審被告が雇主として締結する雇用契約においてもなんら変わるところはなく、したがって、第一審被告が第一審原告ら元従業員との間に締結した雇用契約は、特段の反証のないかぎり商行為であり、商法の適用を受け、右雇用契約によって生じた債権の消滅時効期間は五年である(商法五二二条)。そして、本件における損害賠償請求権は、右雇用契約から生じた安全配慮義務の不履行によるものであるとされているのであるから、これは正に右雇用契約によって生じた債権にほかならず、したがって、右債権の消滅時効期間は五年と解すべきである。

(三) 以上の次第であって、これを各第一審原告ら元従業員にそれぞれ適用すると、時効期間の進行開始時期及び時効完成日は、本判決別紙9(消滅時効に関する一覧表)記載のとおりであるから、以上の事由による消滅時効を援用する。

(四) 仮に雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は最終の行政上の決定を受けたときから一〇年の時効期間が進行するとしても、それ以前にすでにより軽度の行政上の決定を受けている場合は、少なくともその決定に相応する病状に基づく損害についての損害賠償請求権の行使は可能であるから、その軽い決定に相応する病状に基づく損害に関する限度において消滅時効は進行し、後になされたより重い決定のときからその決定によって上積みされた損害部分についての消滅時効が進行を開始するに過ぎないと解すべきである。けだし、最も重い行政決定を受けたときから「質的に異なる」ものを含む全損害についての時効が進行するものとすれば、ある行政決定のときから進行を開始した損害賠償請求権の時効が、後に、より重い行政上の決定により中断されるという結果を生ずることとなって、法律に定めのない時効中断事由を認めることとなり、極めて不合理であるからである。

したがって、管理区分二もしくは三の行政上の決定を受けた後一〇年以上経過後に本訴を提起した第一審原告らについては、時効消滅したその行政上の決定に相応する損害が控除されなければならない。

すなわち、本判決別紙10(各決定時進行説の適用を受ける第一審原告一覧表)記載の第一審原告らについて、同表「時効消滅管理区分」欄記載の管理区分に相応する損害を控除すべきである。

5  原判決Ⅲ四一表一一行目の次に改行して次のとおり加え、同一二行目の「第五」を「第六」と改める。

「第五 賠償責任減免事由及び割合

前記『第三 他粉じん職歴等』及び『第四 過失相殺』で述べたとおり、仮に第一審被告に第一審原告らに対する損害賠償責任があるとしても、第一審原告ら元従業員が第一審被告以外の粉じん職場で稼働した職歴があるときは、その勤務年限の割合によって第一審被告の責任を限定すべきであり、また、第一審原告ら元従業員の防じんマスクの着用懈怠、喫煙、療養懈怠及び配置転換拒否等は、右賠償額の決定に当たり過失として斟酌すべきものであって、これを第一審原告ら元従業員につき個別に、第一審被告の責任減免事由及びその減免割合を示すと、それぞれ本判決別紙11(賠償責任減免事由割合等一覧表)記載のとおりである。

仮にそうでないとしても、第一審原告ら元従業員に第一審被告以外の他社粉じん歴があるときは、複数の原因を与えた債務者の負担部分が明確に立証された場合を除き、各債務者は民法四二七条に従い、平等の割合による負担部分に従って分割履行をすれば足りるから、第一審被告には全部義務履行の責任はない。そして、第一審原告ら元従業員の他社粉じん歴及び損害賠償義務があるとされた場合に第一審被告が負担すべき損害賠償の割合は本判決別紙12(他社職歴と損害賠償割合一覧表)のとおりである。」

6  原判決Ⅲ四二表七、八行目の「(一次三三番伊福太吉、同三九番田中重信についてのものを除く)」を削り、同九行目の「別紙14損害填補額一覧表」を「本判決別紙13(損害填補額一覧表)」と改める。

四  抗弁に対する認否及び反論

抗弁に対する第一審原告らの認否及び反論については、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示(原判決Ⅲ四三表五行目から同Ⅲ七六表四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決Ⅲ四七裏一一行目の次に改行して、次のとおり加える。

「また、国も第一審被告の創業当時には既に炭鉱夫じん肺の発生を具体的に把握していた。すなわち昭和六年商工省発表の『昭和五年度本邦鉱業の趨勢』には、金属山・石炭山ともに、石炭山における『けい肺』・『炭肺』の患者数が具体的に報じられ、それ以降昭和二三年に刊行された『昭和一四年、一五年本邦鉱業の趨勢』まで統計が続けられた。右『本邦鉱業の趨勢』は、商工省鉱山局がわが国鉱業の概況を伝える行政統計資料であるが、それが昭和五年度版以降、このようにじん肺患者数として報告するようになったのは、昭和四年の鉱警則改正及び昭和五年の鉱夫労役扶助規則適用についての通牒の結果であり、このじん肺防止と被害補償に関する制度確立にともない、国がじん肺患者把握に乗り出した結果である。」

2  原判決Ⅲ五一裏八行目の「抗弁第二は争う。」を「抗弁第二(消滅時効)は、当審における新たな主張をも含め、すべて争う。」と改める。

3  原判決Ⅲ五三裏五行目の次に改行して、次のとおり加える。

「3 本件損害賠償請求権の法的性質は、雇用契約上の本来の給付義務の不履行の場合とは異なり、右本来の給付義務と無関係に生ずる生命、身体、財産などの現在の利益を維持できなかったことに対する損害の救済を目的とするものであり、むしろ不法行為に基づく損害賠償請求権と同様に観念されるものであるから、その消滅時効の起算点について民法七二四条前段の規定を類推適用し、民法一六六条一項の『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』とは、同法七二四条の『被害者又ハ其法定代理人ガ損害及ビ加害者ヲ知リタル時』と解し、両条項を統一的に理解すべきである(すなわち、民法七二四条前段は、同法一六六条一項に対する関係で単に『短期』消滅時効を定めた点で特則をなすにすぎず、時効起算点については民法一六六条一項の『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』の内容を、契約上の本来の給付義務の『履行期』という観念が存在しない『損害賠償請求権』に関して、より具体化したにすぎないものと解する。)。

そうだとすれば、右にいう『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』とは、本件損害賠償請求権という『権利の性質、内容』及び第一審原告らの『職業、地位、教育』等を検討したうえ、右権利行使を現実に期待ないし要求することができる時というべきところ、これを本件についていえば、本件のような健康保持義務違反による損害賠償請求権の法理は昭和四〇年代後半から五〇年代にかけて一般化した権利であること、第一審原告ら元従業員の学歴は、殆どが旧制度上の尋常小学校又は尋常高等小学校卒業であり、第一審被告会社や他会社で炭鉱夫として勤めるほかは、土木作業、農業、漁業、製材所、大工等の仕事に従事していた者が多く、裁判や権利行使と無縁な生活を送っていたこと、第一審被告会社勤務中は炭鉱という閉鎖社会で第一審被告への強い帰属意識のなかで就労し、また、労働組合の脆弱性及び会社側の巧みな労務政策からして、第一審被告に対する権利を覚醒することはなかったこと等の諸事情に徴すれば、第一審原告らが本件損害賠償請求権の行使を現実に期待することができる状況になった時期は、早くとも北松浦郡佐々町佐々中央公民館において原告団結成式が開かれ、そこで第一審原告ら代理人から系統的な本件損害賠償請求権に関する説明が行われた昭和五四年一〇月一〇日を一つの区切りとすることができる。」

4  原判決Ⅲ七四裏五行目の次に改行して、「第五、抗弁第五(賠償責任減免事由及び割合)は争う。」を加え、同六行目の「第五 抗弁第五(損益相殺)について」を「第六 抗弁第六(損益相殺)について」と改める。

5  原判決Ⅲ七六表二、三行目の「その金額は否認し、その余の主張は争う。」を「その金額(本判決別紙13(損害填補額一覧表)記載の金額)は否認する。」と改める。

五  再抗弁及びその認否

第一審原告らの再抗弁(権利濫用)及びこれに対する第一審被告の認否は原判決事実摘示(原判決Ⅲ七六表六行目から同裏一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。

第三  証拠関係

原審及び当審(差戻前を含む)記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  当事者

当裁判所も、次のとおり加除、訂正するほかは、当事者につき、原審と事実の認定を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決ア一表三行目から同ア二表一〇行目まで。但し、原判決別紙9の第二綴記載の第一審原告ら元従業員に関する部分を除く。)を引用する。

一  原判決ア一表八、九行目で引用する、原判決別紙9個別主張・認定綴第一綴中の「第三 当裁判所の認定、一 職歴、 1 被告での職歴」のうち、第一審原告有川春幸について、原判決ニ一六裏二行目の「被告の主張一1(二)(4)ないし(6)のとおり。」を「被告の主張一1(一)(4)ないし(6)のとおり。」と改め、死亡従業員髙富千松について、原判決ニ四二裏七行目の「証拠はない。」の次に「乙第三一六号証の一、二は、未だ第一審被告での職歴についての右認定を覆して第一審被告の右主張事実を証するに足りない。」を加え、死亡従業員十時為生について、原判決ヌ一二表一〇行目の「被告の主張一(2)のとおり。」を「被告の主張一(二)のとおり。」と改め、死亡従業員堀内亮次について、原判決ヌ三二裏末行の「被告の主張一1(1)ないし(3)のとおり。」を「被告の主張一1(一)ないし(三)のとおり。」と改め、死亡従業員吉福恕について、原判決ネ三九表末行の「被告の主張一(一)(2)」を「被告の主張一1(一)(2)」と改め、右同綴中の「第三 当裁判所の認定、五 証拠」のうち死亡従業員畑原松治について、原判決ナ二五表四行目の「前記認定を覆すに足りず、」の次に「乙第三一六号証の三は、前掲甲第一二〇五号証の一、六及び七と対比し、未だ第一審被告での職歴についての前記認定を覆すに足りず、」を加える。

二  原判決ア一表九、一〇行目の「その余の原告ら元従業員が被告と雇用契約関係にあり、」を削除する。

三  原判決ア一表末行の次に改行して、次のとおり加える。

「第一審被告は、第一審原告山中サキとの間の雇用関係の存在を否認するけれども、前掲甲第一一三〇号証の三及び五、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一三〇号証の一一ないし一三、原審における同第一審原告本人の供述を総合すると、第一審原告山中サキが、第一審被告会社に就労し、昭和二三年五月から同二八年八月頃まで矢岳鉱においてコークス製造に従事していたことが認められる。もっとも、乙第三一六号証の四(厚生年金被保険者期間照会について、山中サキ回答)には『本人の矢岳炭鉱での記録はない。なお、昭和三二年、新大瀬炭鉱での記録はある。』旨の記載があるが、右証拠は、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第一一三〇号証の一四、一五及び前掲各証拠(殊に甲第一一三〇号証の一二、一三)と対比すると、未だ前記認定を妨げるものではなく、乙第二二九号証の一、三、乙第一三七号証の一ないし三も前記認定を左右するに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」

四  原判決ア二表九行目の「請求原因第一、二2の事実」の次に「(但し、当審(差戻前を含む)における死亡従業員の関係を除く。)」を加え、同ア二表一〇行目の次に改行して、次のとおり加える。

「また、当審(差戻前を含む)において死亡した元従業員(阿曾末治、大串岩吉、大宮金重、副島ケサ、竹永格、谷川春美、玉置利夫、十時為生、藤井利行、真﨑光次、松山虎一、山中秀吉、山道吉松、吉福恕、畑原松治、松田新一郎、正法地秀夫、山口進、若林千代人)及び元遺族原告(髙富新、松山ユク、浦ミセ、山手ヨシ子)の死亡年月日及びその遺族らとの相続関係が本判決別紙8(当審(差戻前を含む)係属中の死亡にかかる元従業員らの相続関係一覧表)の各該当欄記載のとおりであること並びに死亡従業員松山虎一の二男の子である松山乃及び死亡従業員山口進の長男である山口富徳がいずれもその相続分をその余の相続人に均分に譲渡したことは、成立に争いがない甲第一一〇一号証の七、同一一〇六号証の一三、同一一〇七号証の四〇、同一一一〇号証の一一、同一一一二号証の八、同一一一三号証の一〇、同一一一六号証の三〇、同一一一七号証の一二、同一一二〇号証の一四、同一一二二号証の一三、同一一二九号証の一三、同一一三一号証の一〇、同一一三二号証の九、同一一三三号証の一〇、同一二〇五号証の一六、同一二〇七号証の九、同一三〇四号証の一二、同一三〇六号証の一六、同一三〇七号証の一三及び弁論の全趣旨(殊に、本件記録中の右死亡従業員らの戸籍謄本)により認められる。」

第二  本件各坑の概要

鹿町鉱西坑、同鉱東坑、同鉱本ケ浦坑、同鉱南坑、同鉱小佐々坑・小佐々二坑、矢岳鉱夫岳坑、神田鉱神田坑、御橋鉱一坑・二坑、柚木事務所柚木坑、伊王島鉱業所伊王島坑の概要についての判断は、原判決理由説示(原判決ア二表一二行目から同ア七表一一行目まで)のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決ア二裏一〇、一一行目の「昭和三八年三日」を昭和三八年三月」と、原判決ア四表一一行目の「砂炭」を「砂岩」とそれぞれ改める。)。

第三  本件各坑における各種作業の概要と粉じんの発生

当裁判所も、本件各坑における各種作業の概要と粉じんの発生につき、原審と事実の認定を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決ア七表一三行目から同ア二四裏六行目まで)を引用する(但し、原判決ア九裏五行目の「坑道の幅」を「坑道の高さ」と、同ア一三表二、三行目の「約四〇ないし一〇〇メートルの幅の採炭切羽を造り、」を「約四〇ないし一〇〇メートルの長さの採炭切羽を造り、」と各改め、同ア一三表末行の「(トラフ)」を削り、同ア一八裏一一行目の「大瀬三枚層」の次に「及び大瀬五尺層」を、同ア二一裏三行目の「坑内保安係員」の次に「(坑内技術助手を除く)」を各加え、同ア二三表二行目の「天火」を「天日」と改める。)。

第四  第一審被告の安全配慮義務及びその内容

当裁判所も、次のとおり付加、訂正するほかは、原審とこの点についての事実上並びに法律上の判断を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決ア二四裏八行目から同イ一〇裏末行まで)を引用する。

一  原判決イ二裏四行目の次に改行して、次のとおり加える。

「すなわち、鉱山保安法、石炭鉱山保安規則等の行政法令の定める労働者の安全確保に関する使用者の義務は、使用者が労働者に対する関係で当然に負担すべき安全配慮義務のうち、労働災害の発生を防止する見地から、特に重要な部分にしてかつ最低の基準を公権力をもって強制するために明文化したものにすぎないから、右行政法令等の定める基準を遵守したからといって、信義則上認められる安全配慮義務を尽くしたものということはできない。

4 ところで、第一審被告は、石炭鉱業の社会的有用性を説き、いわゆる『許された危険』の法理を援用したうえ、右行政法令等の安全基準、衛生基準を遵守することによって安全配慮義務は果たされた旨主張する。

たしかに、石炭は水力とともにわが国の貴重な国産エネルギーとして不可欠のものであり、石炭鉱業は現代産業において不可欠の基幹産業として、国の石炭政策のもとに、戦時中は国策遂行のため、戦後は経済復興のため社会的に重要な役割を担ってきたことは公知の事実であり、第一審被告も石炭鉱業を目的とする企業の一つとして右の例にもれなかったことが認められ、この意味において、第一審被告の果たした右役割を十分評価するにやぶさかではない。

しかしながら、石炭鉱業がいかに社会的に必要かつ有益な事業であるからといって、右業務遂行の過程で労働者に身体、健康の障害が発生しても、それが許されてよいとする理由は見出し難く、生命、健康という被害法益の重大性に鑑み、第一審被告の右主張は到底採用することができない。そして、このことは、本件じん肺のような職業病について、労働基準法その他の行政、労働法令上の災害補償制度が存在することによってもなんら変わりはないというべきである。(労働災害補償制度は、一定の範囲内で労働者や遺族の生活保障を図るものにすぎず、労働災害に際して被災労働者がさらに損害賠償を請求し得ることは、労働基準法八四条二項及び労災法一二条の四第二項の規定からも明らかである。)」

二  原判決イ二裏一一行目の「同別紙10各項記載」の次に「(但し、同別紙記載中の誤字については本判決別紙14(原判決別紙10の正誤表)のとおり改める。)」を加える。

三  原判決イ五表末行の「けい肺を含む炭肺」の次に「(以下、これを『炭鉱夫じん肺』ともいう。)」を加える。

四  原判決イ六裏一行目の次に、次のとおり加える。

「すなわち、大正一五年の調査により、鹿町炭鉱においてインガーソル手持噴水さく岩機が実際に使用されていたことが判明し(本邦重要鉱山要覧、前掲甲第五七号証)、また、昭和八年の調査(『炭鉱におけるさく岩機使用状況調査報告』前掲甲第七〇号証)により、昭和三年一一月現在、三井山野三坑では、ハンマードリルの湿式さく岩機であるインガーソルランドBCRWが20.5台、鹿町では同型機が22.7台それぞれ備え付けられ、現実に使用されていたことが明らかにされている。一方、防じんマスクについては、大正時代からマスク着用の必要性が指摘され、マスクの材質、性能についての研究も行われていた(前掲甲第五五号証、同第五八号証、同第七六号証、同第八三号証、同第八四号証の一、三、同第八六号証、同第八七号証)。

右認定に反する乙第一二七号証の二、同第一二八号証の二、同第一九七号証の一、当審証人荒木忍、同木元武夫、同重信安人の各証言は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」

五  原判決イ六裏五行目の次に改行して、次のとおり加える。

「もっとも、第一審被告は、鉱警則の六三条及び六六条の規定は、炭鉱以外の鉱山すなわち金属鉱山において遵守すべき義務を定めたものであり、石炭鉱山には適用がないものとして解釈運用されてきた旨主張する。

しかしながら、右鉱警則には六三条及び六六条の規定を石炭鉱山には適用しない旨を窺わせるような特段の規定は見当たらないのみならず、当時の鉱警則の解説書(前掲甲第六四号証の三)によれば、鉱警則の諸規定(例えば、二二条、二四条、六二条、六三条)の解説中に石炭鉱山をも含むことを前提とした、あるいは石炭鉱山を念頭においた記述が随所に認められ、また、右六三条の解説に当たり、参考として英国炭鉱条例の規定を紹介していること、加えて、後記のとおりの鉱警則改正前後の状況をも併せ考えると、鉱警則の六三条及び六六条の規定は石炭鉱山にも適用されていたものと認めるのが相当である。

すなわち、鉱山の職業病について内務省社会局が大正一〇年及び一二年に実施した『坑夫ヨロケ病及びウイルス病に関する調査』(前掲甲第五四号証)により、けい肺発生状況が把握され、大正一四年には労働者を代表する側からパンフレット『ヨロケ=鉱夫の早死はヨロケ病』(前掲甲第五五号証)が出され、じん肺防止、罹患者保護の要請がなされ、同年の労働総同盟の大会で『ヨロケ』絶滅のための要求が決議されるなど労働者の運動が高まり、そして昭和五年にILOの第一回国際けい肺会議が開かれるに至り、国際的にもじん肺問題に関心が集まった。他方、わが国においても、じん肺(炭鉱夫じん肺を含む)に関する英国炭鉱条例等の外国法制(前掲甲第六四号証の三)や外国の調査研究体制、補償制度(前掲甲第六二号証)が研究、紹介され、これらを通じて海外の事情についての認識が深められた。そして、このようにじん肺問題への関心が高まるなかで、石炭業界においても業界誌を通じて、炭鉱夫じん肺を含む相当数のじん肺情報が紹介、伝達されていたが、昭和四年には、石炭鉱業連合会が内務省の技師を招いてじん肺についての講演会を開催するに至り、その内容(炭鉱夫じん肺発生の指摘もある。)が同連合会の機関紙『石炭時報』(前掲甲第六二号証)により紹介された。さらに、鉱警則改正の翌年である昭和五年には、鉱夫労役扶助規則についての通牒により、じん肺防止、罹患者の被害補償に関する制度が設けられ、右通牒は金属鉱山のみならず石炭鉱山においても適用された(前掲甲第七一号証、同第一六二号証)。

右事実によれば、職業病としてのじん肺(炭鉱夫じん肺を含む)問題は鉱警則の改正当時、石炭業界においても無視することのできない課題として関心を寄せられていたことが窺われ、このような状況のもとで右改正がなされていることや、右鉱警則が、鉱夫労役扶助規則についての通牒とともに、じん肺(炭鉱夫じん肺を含む)に関する外国法制、補償制度等の研究成果を取り入れ、その影響を受けていることを否定し難いこと、さらに、右通牒については炭鉱にも適用されるものとして解釈運用されていること等前示の諸事情を総合勘案すれば、鉱警則の前記規定は、じん肺防止の趣旨をも含むものとして、単に金属鉱山のみにとどまらず、石炭鉱山においても適用され、そのように運用されていたものと認めるのが相当である。

右認定に反する乙第二〇二号証の二、当審証人荒木忍、同木元武夫の各証言は前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」

六  原判決イ七表七行目の次に改行して、次のとおり加える。

「第一審被告は、昭和一四年五月から同二〇年八月までの間における一部の者の医学的見解として、炭じんが有害であるとの抽象的な見解があったとしても、当時の一般的な医学的知見は、石炭粉じんによるじん肺の症状は労働能力に影響がないとみられる程度の軽症なものであるとの認識にすぎないのであるから、第一審被告においても、炭粉の吸入により労働能力を減退ないし喪失させるような症状が相当に高い割合で発症することの予見可能性はなかった旨主張する。

しかしながら、安全配慮義務の前提として第一審被告が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性に鑑み、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命、健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきであるから、第一審被告において、軽症とはいえ健康障害の認識又はその可能性が肯認される以上、労働能力に影響がない程度の軽症の認識にすぎないとか、発症頻度について認識がなかったとの事由をもって免責の抗弁とすることはできない。

また、第一審被告は、炭鉱粉じんによる肺疾病について、当時の一般的な医学的知見を重視するけれども、炭鉱粉じん吸入の有害性、すなわち、けい肺を含む炭肺ないし炭鉱夫じん肺罹患の危険性を指摘してこれを警告する有力な学説(白川説)が存在していたことは前叙のとおりであり、これに加えて、後記のとおり、当時既に炭鉱夫じん肺に罹患した患者が発生しており、かつ右発生状況が石炭業界にも報告されていたという事実は、第一審被告の予見可能性を肯認する資料として重要というべきである。

すなわち、商工省鉱山局は、昭和六年にわが国鉱業の概況を伝える行政統計資料である『昭和五年度本邦鉱業の趨勢』(いずれも成立に争いのない甲第一五九号証の二、同第一六八号証)により、金属山のほか石炭山における『けい肺』・『炭肺』の患者数を報告しており、それ以降も昭和一五年に至るまで、同様に具体的な数字を挙げて石炭山における『炭肺』患者の発生状況を発表していた(いずれも成立に争いのない甲第一五九号証の三、同第一六八ないし第一七四号証)(なお、第一審被告の予見可能性の判断資料となる危険情報としては、石炭山における『炭肺』患者の発生という事実を重視すべきであり、このことは、右に挙げられた『炭肺』罹患者数が業務上の疾病を示すものであるかどうかによって左右されないというべきである。)。さらに、石炭業界の一部(三井鉱山三池鉱業所)では、昭和一四年から同二三年までの間に行った健康診断の結果により、自社に六〇人の炭鉱夫じん肺患者が発生したことを把握していた(前掲甲第一二六号証)。」

七  原判決イ七裏七行目の「証拠とはなしえない。」の次に「当審証人御厨潔人、同荒木忍、同木元武夫、同内村豊、同重信安人の各証言も、いまだ前記認定を覆すに足りず、」を加える。

第五  安全配慮義務の不履行

当裁判所も、次のとおり改めるほかは、さく岩機の湿式化、撒水、その他の発じん防止対策、坑内通気、防じんマスク、発破作業、健康診断、配置転換、じん肺教育等につき、原審と事実の認定及びこれに基づく判断を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決ウ一表二行目から同ウ二五裏末行まで)を引用する。

一  原判決ウ二表九行目の「九ないし一三、」を、「九、一〇、」と改め、同行目の「一五、」を削り、同ウ三裏末行の「ヘッドを取付け、」を「ヘッドを取替え、」と、同ウ六裏三行目の「三井鉱業所」を「三池鉱業所」と各改める。

二  原判決ウ九表七、八行目の「許容基準に差異があったことは前記のとおりである。」を「浮遊粉じん量の許容基準について、おのずから差異の存することは見易い道理である。」と改め、同ウ一三表九行目の「三一個」を「四三一個」と、同ウ一七裏一〇、一一行目の「日鉱鉱業九州地方労働組合連合会」を「日鉄鉱業九州地方労働組合連合会」と改める。

第六  因果関係

当裁判所も第一審被告の前記安全配慮義務の不履行により、第一審原告ら元従業員がじん肺に罹患したものと認定、判断する。その理由は、原判決エ一表七行目の「(同別紙9の」から同一〇行目の「判断を省く)」までを削除し、原判決エ一裏一、二行の「じん肺に罹患したことが認められる場合には」を「じん肺に罹患したことが認められる本件のもとでは」と改めるほかは、原判決の説示するところ(原判決エ一表二行目から同エ二表末行まで)と同一であるから、これを引用する。

第七  有責性

第一審被告の有責性についての判断は、次のとおり改めるほかは、原判決理由説示(原判決エ二裏二行目から同エ三裏六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決エ二裏六行目の「‥可能であったこと、」の次に「また、当時既に石炭業界において炭鉱夫じん肺に罹患した患者が発生しており、国や石炭業界の一部では右患者発生状況を具体的に把握し、その情報を石炭業界その他関係分野に伝えていたこと、」を加える。

二  同一〇行目の「右各知見の存在」を「右各知見の不存在」と、同エ三裏二、三行目の「本件安全配慮義務の履行が著しく困難であったことが認められるけれども、」を「本件安全配慮義務の履行が容易ではなかったと推認されないではないけれども、」と各改める。

第八  消滅時効

一  雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解され(最高裁判所昭和五〇年二月二五日判決・民集二九巻二号一四三頁)、右一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきところ、じん肺が肺内の粉じんの量に対応して進行する特異な進行性の疾患であり、その進行の有無、程度、速度も患者により多様であって、将来の進行の有無、程度等を確定することは現在の医学上不可能であるという後記認定のじん肺の病変の特質にかんがみると、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、じん肺に罹患した従業員がじん肺(けい肺)の所見がある旨の最終の行政上の決定(けい特法に基づくけい肺の症度の決定、旧じん肺法に基づく管理二以上の健康管理の区分の決定、改正じん肺法に基づく管理二以上のじん肺管理区分の決定)を受けた時から進行するものと解するのが相当である(最高裁判所平成六年二月二二日判決・民集四八巻二号四四一頁)。

これを本件についてみると、第一審原告ら元従業員の各人にとって最も重い行政上の決定の日は、当裁判所も、原判決別紙9個別主張・認定綴・第一綴中の右各人に関する「第三 当裁判所の認定」欄記載のとおり(但し、第一審原告橋本利夫の「症状の経過及び生活状況」に関する原判決ナ六七表七行目の「原告の主張三1、2、3のとおり。」を、「原告の主張三1、2(但し、『昭和四七年五月一八日、』を『昭和五五年五月一三日』と改める。)及び3のとおり。」と改める。)であると認定、判断するから、原判決理由中その説示を引用する。

そうすると、第一審原告ら元従業員各人についてなされた最終の行政上の決定の日は、右各人ないしその遺族原告らの本件各事件の訴え提起の日から遡って一〇年未満の日であることが明らかであるから、第一審原告らの本件損害賠償請求権は時効消滅していないものというべきである。

二  なお、第一審被告は、消滅時効の起算点を右のように解する場合には、管理区分二もしくは三の行政上の決定を受けたのち一〇年以上経過後に本訴を提起した第一審原告らについては、時効消滅したその行政上の決定に相応する損害が控除されるべきである旨主張する。

しかし、右に述べたじん肺の病変の特質にかんがみると、特定の患者が順次管理二、管理三、管理四の各行政上の決定を受けた場合においても、右各決定に相当する病状に基づく各損害は一個の損害賠償請求権の範囲が量的に拡大したものということはできず、質的に異なる損害であって、重い決定に基づく損害はその決定を受けた時に従前の軽い決定に基づく損害とは別個に発生すると解すべきである。したがって、第一審被告の右主張は採用できない。

第九  損害

第一審原告ら元従業員は、第一審被告の前記債務不履行によって、それぞれじん肺に罹患して損害を被ったものというべきであるから、第一審被告は右債務不履行によって生じた右第一審原告ら元従業員のじん肺罹患による損害を賠償すべき義務を負う。そこで、以下、損害額について検討する。

一  じん肺の病像

当裁判所も、次のとおり改めるほかは、じん肺の病理、じん肺の症状、じん肺による病変の特質、炭鉱夫のじん肺につき、原審とその事実の認定を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決オ一表四行目から同オ九表一二行目まで)を引用する。

1  原判決オ三裏五、六行目の「検証の結果(スライドフイルム、肺の切片標本)によると、」を「原審及び当審における各検証(原審はスライドフイルム、肺の切片標本、当審は亡大宮金重の肺臓の切片標本)の結果、当審証人杉原甫の証言によると、」と改める。

2  原判決オ六裏四、五行目の「‥次のとおり理解することができることが認められる。」を「‥次のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。」と改める。

3  原判決オ七表一〇行目の「右のとおり、」から一二行目の「あるとされている。」までを「なお、進展したじん肺に合併した肺結核は、完全治癒が困難で、再発傾向が強く、その治癒の判定が困難であるとされている。」と改める。

4  原判決オ七裏六行目の「甲第一四六ないし一五二号証(争いがない)」を「甲第一四六ないし一五二号証及び同第一九三号証(成立に争いがない)、同第一六六号証(原本の存在及び成立とも争いがない。)」と改める。

5  原判決オ八表一二行目の「前記検証の結果」の前に「原審における」を加え、原判決オ九表七行目の「証人佐野辰雄の証言及び前記検証の結果」を「甲第一九五、一九六号証(成立に争いがない)、原審証人佐野辰雄、当審証人杉浦甫、同安田善治の各証言及び原審及び当審における前記各検証の結果」と改め、同一二行目の「‥発生する。」の次に改行して「なお、炭鉱夫のじん肺においては気腫性変化が特徴的である。」を加える。

二  じん肺罹患に伴う症状及び損害

第一審原告ら元従業員のじん肺罹患に伴う症状及び損害については、本判決別紙15(被害認定一覧表)を追加するほかは、原審とその事実認定を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決別紙9個別主張・認定綴・第一綴「第三 当裁判所の認定」欄各記載のとおり。)を引用する。

三  第一審原告らの本件請求について

当裁判所も、第一審原告ら元従業員の本件請求は、財産、生命、身体ないし人格その他一切の損害に共通する精神的損害に対する慰謝料の請求であり、また、本件事案のもとでは一律に請求することができるものと認定、判断するが、その理由は、原判決オ一一表八、九行目の「‥財産上の損害については、」を「本訴請求のほかには、財産上の損害、精神的損害等名目のいかんを問わず、」と改めるほかは、原判決の説示するところ(原判決オ九裏四行目から同オ一二表七行目まで)と同一であるから、これを引用する。

四  損害賠償額の算定

1  当裁判所も、本件損害賠償額の算定に当たっては、旧じん肺法ないし改正じん肺法による行政上の管理区分決定を重要な要素として考慮しなければならないものと判断するが、その理由は、原判決オ一三表末行末尾に次のとおり加えるほか、原判決の説示するところ(原判決オ一二表九行目から同オ一三裏二行目まで)と同一であるから、これを引用する。

「また、当審における鑑定の結果によれば、第一審原告ら元従業員のうち管理区分四の決定を受けている者の中にもじん肺による障害の程度が軽微であると判定される者が存在することが認められるが、右鑑定は昭和六二年中に行われた肺機能検査等の結果やその当時までの労働者災害補償保険診断書等を鑑定資料として昭和六三年三月に結果が提出されたものであって、前記引用にかかる原判決認定のじん肺による病変の特質にかんがみると、鑑定後七年以上を経過した現在における障害の程度を判定するものとしてはその信頼性が十分でないといわざるをえないこと、右鑑定は患者を問診して直接診断したものではなく、したがって合併症の有無、程度についての判定はなされていないこと、鑑定においてはじん肺による障害の程度は軽度障害と判定されたもののその後間もない平成元年四月一九日にじん肺症のたあ死亡した副島ケサのような例も見受けられることに照らすと、右鑑定結果を損害賠償額算定の要素として考慮することは相当でないというべきである。」

2  次に前記第七で認定のとおり、第一審被告会社の設立時である昭和一四年から同二〇年八月の終戦に至るまでの間、国家総動員体制下にあり、石炭業界も種々の統制を受けざるをえず、終戦直後から昭和二二、三年頃までは戦後の混乱期にあり、じん肺の知見を得又はこれに副う対策を実施することを含め、本件安全配慮義務の履行が必ずしも容易であったとはいえないという第一審被告側の事情や、前記第四で説示のとおり、石炭鉱業の社会的有用性並びに第一審被告の戦中、戦後に果した社会的役割も本件賠償額の算定に当たり考慮せざるをえない。

さらに、弁論の全趣旨によると、第一審原告ら元従業員はいずれも管理区分の認定を受け、これに対応する労災法、厚生年金法上の給付を受けていることが認められる。

3 以上認定のすべての事情、なかんずく第一審原告ら元従業員が第一審被告の経営する炭鉱において長期間にわたって労務に従事した結果、じん肺に罹患したものであり、じん肺が重篤な進行性の疾患であり、現在の医学では治療が不可能とされ、進行する場合の予後は不良であること、本件における第一審原告ら元従業員はすべて療養を要するが、症状が重篤である者は、長期間にわたって入院し、あるいは入院しないまでも寝たり起きたりの状態であったり、呼吸困難のため日常の起居にも不自由を来すという状況にあり、そのままじん肺に伴う合併症により苦しみながら死亡した者もあること、症状が比較的軽度である者でも、重い咳や息切れ等の症状に苦しみ、坂道等の歩行は困難で、家でも休んでいることが多く、夜間に重い咳が続いたり呼吸困難に陥るため、家族の介護を要する状況にあること、第一審原告ら元従業員は、第一審被告を退職した後じん肺の進行により徐々に労働能力を喪失していったもので、労災法等による保険給付を受けるまでの間、極めて窮迫した生活を余儀なくされた者が少なくないこと、第一審被告は第一審原告ら元従業員の雇用者として、健康管理・じん肺罹患の予防につき深甚の配慮をなすべき立場にあったこと、本訴請求は慰謝料を対象とするものであるが、物質的賠償は別途請求するというものではなく、かえって他に財産上の請求をしない旨を第一審原告らにおいて訴訟上明確に宣明していること等を斟酌して、第一審原告ら元従業員の本件じん肺罹患に対する慰謝料額を次のとおりの基準によって算定する。すなわち、本件口頭弁論終結時の管理区分を基本として、①死者を含む管理区分四該当者、②管理区分三該当者、③管理区分二該当者の三段階に一応分類するが、右②、③に該当するもののうち、じん肺ないしその合併症により死亡したと認められる者(死亡従業員久世光治、同畑原松治、同正法地秀夫)は①と同視することとし、結局慰謝料額は

(一)  死者を含む管理区分四該当者及び管理区分二、三該当者のうちじん肺ないしその合併症により死亡した者 二三〇〇万円

(二)  管理区分三該当者

一八〇〇万円

(三)  管理区分二該当者

一二〇〇万円と定める。

4  以上により、第一審原告ら元従業員各人の本件じん肺被害による慰謝料額は、本判決別紙16(第一審原告ら元従業員別損害金額一覧表)の「慰謝料」欄記載の金額をもって相当と認める。

五  弁論の全趣旨によれば、第一審原告らが、第一審原告ら訴訟代理人らに本件訴訟の提起・追行を委任したことが認められ、本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、本判決別紙16(第一審原告ら元従業員別損害金額一覧表)の「弁護士費用」欄記載の金額(「慰謝料」欄記載の金額の一割五分相当額)が第一審被告の債務不履行と相当因果関係にある損害と認められる。

第一〇  相続

死亡従業員中の相続関係及び遺族原告中死亡した者の相続関係が、原判決別紙6遺族原告相続関係一覧表及び本判決別紙8(当審(差戻前を含む)継続中の死亡にかかる元従業員らの相続関係一覧表)に記載のとおりであることは、前記第一の四で認定したところであるから、本判決別紙3、4(認容金額一覧表(1)、(2))中の遺族原告らは、同表「相続分」欄記載の相続分に基づき同表「認容金額」欄記載の金額の損害賠償請求権をそれぞれ承継取得したことが認められる。

第一一  他粉じん職歴等による減額について

他粉じん職歴等による減額についての判断は、原判決オ一四裏一二行目末尾に「(したがって、本件損害賠償請求権につき民法四二七条の適用がある旨の第一審被告の主張はすでにこの点において理由がない。)」を加え、同オ一四裏末行の「別紙10個別主張」を「別紙9個別主張」と改め、同オ一五裏七行目の次に改行して「したがって、この点に関する第一審被告の主張は採用することができない。」を加えるほか、原判決理由説示(原判決オ一四裏四行目から同オ一五裏七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第一二  過失相殺について

当裁判所も、第一審被告の過失相殺の抗弁は理由がないものと認定、判断するが、その理由は、原判決理由説示(原判決オ一五裏九行目から同オ一六裏九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第一三  損益相殺について

第一審被告は損害につきその填補があったとして損益相殺を主張するので、以下この点について判断する。

一  労災法及び厚生年金法による保険給付金

労災法による各労災補償は、いずれも労災事故により労働者の被った財産上の損害填補のためになされるものであって、精神上の損害填補の目的を包含するものではないから、第一審原告ら元従業員ないしその遺族原告がそれぞれ受領し、また、将来受給すべき同法による各給付金は、いずれも本訴請求にかかる慰謝料請求権とは性質を異にし、これには及ばないというべきである。したがって、これらについてその全部又は一部を慰謝料から控除することは許されないというべきである。また、厚生年金法による各給付金も同様の趣旨による生活保障を目的とするものと解するのが相当であり、既に受給し、また、将来受給すべき同法による各給付金を、前同様慰謝料から控除すべきものではない(最高裁判所昭和六二年七月一〇日判決・民集四一巻五号一二〇二頁)。

したがって、この点に関する第一審被告の主張は採用することができない。

二  閉山協定等による見舞金

第一審被告は、死亡従業員髙富千松が、矢岳鉱閉山に当たり、昭和三七年六月七日協定により見舞金三万円の支給を受けているので、これを本件損害賠償額から控除すべきであると主張するが、この点に関する認定、判断は、原判決理由説示(原判決オ一七表一二行目から同裏四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

したがって、この点に関する第一審被告の主張は採用することができない。

第一四  結論

以上のとおりであるから、第一審原告らの請求は、別紙3(認容金額一覧表(1))の「慰謝料」欄記載の金額と「弁護士費用」欄記載の金額の合計金額からすでに確定した差戻前の控訴審判決の認容金額を控除した残額及びこれに対する同表「遅延損害金起算日」欄記載の日(いずれも第一次ないし第四次事件の訴状送達の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度及び別紙4(認容金額一覧表(2))の「慰謝料」欄記載の金額と「弁護士費用」欄記載の金額の合計金額に対する同表「遅延損害金起算日」欄記載の日(いずれも第一次ないし第三次事件の訴状送達の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なる原判決を平成六年ネ第五四三号附帯控訴及び同附帯控訴人らの当審における請求の拡張、差戻前昭和六〇年ネ第三三九号控訴及び同控訴人らの当審における請求の拡張に基づき右の限度において変更し、その余の右附帯控訴及び控訴並びに当審において拡張された請求を棄却し、第一審被告の控訴(差戻前昭和六〇年ネ第一八一号、同第一八二号)は理由がないから棄却し(民訴法一九八条二項の申立については判断を示さない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中貞和 裁判官宮良允通 裁判官野﨑彌純)

別紙〈省略〉

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